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宇都宮地方裁判所 昭和29年(ワ)184号 判決

原告

永山タキ

被告

山木三次郎 外一名

"

主文

一、原告に対して被告等は各自金一万五千円及びこれに対する昭和二十九年六月十二日より完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は三分し原告各被告において各その一を負担すること。

事実

原告訴訟代理人は一、原告に対して被告山木三次郎(以下山木と略称)は「私が栃木新報第一五四号紙上に貴殿の素行につき『緑町にも女王蜂』と題する虚偽の記事を掲載したことは誠に申訳無之につき茲に謝罪致します。栃木新報発行人山木三次郎、永山タキ殿」と云う、被告所沢は「私は貴殿が他の男と密通していると虚偽の事実を云いふらして貴殿の名誉を傷つけたことは誠に申訳無之につき茲に謝罪致します。所沢金作、永山タキ殿」と云う各謝罪広告をいずれも下野新聞及び栃木新聞紙上に三日間引続き掲載しなければならない。二、被告等は各自原告に対して金五万円及びこれに対する昭和二十九年六月十二日より完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。三、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として被告等は原告の名誉を傷つけるため、先づ被告山木はその発行する栃木新報昭和二十九年二月二十日発行第一五四号紙上に「緑町にも女王蜂」と云う見出しで「小川町緑町にも女王蜂が居ると云う即ちテイ主有る婦人テイ主が出た後で他のテイ主とちやほや子供が見てあれうちの母ちやんのおつぱいをいぢつて居ら―だと之を知らぬはテイ主ばかりなり」と云う記事を掲載し且つその頃被告所沢とともに原告に右記事の如き事実があると小川町の人々に云いふらしたため、その様な事実がないのに右記事は原告を指すものであるとの噂さが小川町に広がり、原告はその名誉と信用を甚しく毀損され、多大の精神的苦痛を蒙つた。よつて各被告に対して原状回復のため前記各謝罪広告の掲載と慰藉料として各金五万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十九年六月十二日より完済に至るまで年五分の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、(立証省略)

被告山木は請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の頃被告山木がその発行している栃木新報紙上に原告主張の如き記事を掲載したことは認めるがその他の事実はすべて争う。右の如き記事を掲載したのは当時緑町内に種々風紀上の風説があつたので被告山木はもしこれに該当する者があれば反省するであろうし、又もしその事実がないならば何人をも害することはないと思い警世の意図で右記事を掲載したのであり原告を指して右記事を掲載したものではないと述べた。(立証省略)

被告所沢、同訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として原告の主張事実を全て否認した。(立証省略)

理由

原告と被告山木間においては被告山木が旬刊栃木新報の発行人であること栃木新報昭和二十九年二月二十日発行第一五四号紙上に原告主張の如き記事が掲載されたことは争がなく原告と被告所沢間においては真正に成立したと認める甲第一号証被告山木本人の供述により同様の事実を認めることが出来反証はない。そして証人安藤ミカ、同竹内彰一、同佐藤秀一、同大金サキ、同大金貢証人永山享の各証言原告本人の供述を綜合すると右新報発行の直後頃(証人永山、同山木タイの証言によると昭和二十九年三月三日頃原告が山木タイより被告石沢が右山木に原告の噂をしたと告げられる前にすでに他よりその噂をきいているので日は明かでないが右記事掲載直後であると認める。)より右記事に云う「テイ主ある婦人」とは原告であるとの風評が小川町の人々の間に広まつたことが認められ、証人安藤ミカの証言の一部被告山木同所沢の各供述中右認定に牴触する部分は信用し難く他に反証はない。そして証人大金サキ、同安藤ミカ、同佐藤秀一、同永山享の各証言原告本人の供述を綜合すると原告には右記事の如き不貞の事実は全くなく右記事掲載前には原告についてその様な噂も全くなかつたことが認められこれを覆すに足りる証拠もない。そこで右の如き風評の立つに至つた原因を考えるに原告と被告山木間では争がなく原告と被告所沢間では前に認定した右記事によるとその内容は極めて抽象的であり右記事からは「小川町緑町の子供のある有夫の婦人が姦通している」と云うことだけでそれ以上その婦人が誰であるかは判明しないこと、しかも証人平塚勝夫、同増子富寿太、同山木タイの証言によると当時小川町緑町には二、三風紀上の噂があつたこと証人永山享の証言や原告本人の供述により認められる原告自身もその夫である永山享も右記事を見た際誰のことかと思つたと云う事実等を綜合すると右記事のみからは小川町の人々も当時それが誰を指すのか分らなかつたことが認められ、右認定に牴触する証人安藤ミカの証言の一部は信用し難く他に反証はない。従つて右記事のみから直に原告についての右噂が生じたことは考えられない。次に原告は被告等が原告を中傷する目的で右記事を掲載すると同時に右の如き噂を立てたと主張するところ、成る程証人竹内彰一、同永山享、同大金サキ、同増子富寿太の各証言原告本人の供述弁論の全趣旨等を綜合すると右記事の掲載される以前より被告山木と被告所沢とは仲が好く行動を共にすることが多く、これに反して原告と被告等間には何らかの争があつたらしく不和であつたこと、被告所沢も栃木新報社の役員をしていたことが認められその反証はない。然しながら原告と被告等間が如何なる争をなしどの程度不和であつたか即ち原告を中傷するに足る程の不和があつたことについては何等明確な証拠があらわれていないので、右の事実から直に被告等が原告を中傷するため右記事を掲載し前述の噂を立てたとは断定出来ない。又後に認定するようにすでに右の如き噂の立つている時に被告等がそれぞれ他人に向つて原告に右噂の如き事実があると話したことは認められるのであるがこの事実と原告と被告等間が不和であつたとの前記認定事実を綜合して考えてもそれを以て直に被告等が右噂を立てたとは認定出来ない。又証人永山享の証言原告本人の供述によると被告山木は右記事掲載と同じ頃訴外大金貢に対し原告に右記事の如き事実があると云つた様であるが証人大金貢はその事実はないと明かに証言して居り永山享の右証言原告本人の右供述は信用出来ない。そして他に被告等が原告主張の如く原告を中傷するため右記事を掲載し同時に右噂を立てたことを認めるに足りる証拠はない。更に原告自身が当初より右噂を立てたとの証人増子富寿太、竹内彰一の証言各被告等の供述の各一部も信用出来ない。すると右記事掲載直後右噂が立つたことしかも右記事のみからは噂の立つ可能性がないことが前述の如くであり従つて何人かゞ噂を立てたことは明かであるにも拘らず本件の全証拠によつてもこれを明かにすることは出来ない。次に更に進んで考えるに、証人山木タイ、同佐藤秀一、同大金サキ、同永山享、同増子富寿太の各証言同竹内彰一の証言の一部原告本人の供述によると右記事掲載後しかもすでにいくらか前述の如き噂が立つている昭和二十九年三月初頃被告石沢が訴外山木タイ方で同人に対し「おセキさんは親父が仕事に行つている間に色男を引込んで子供に飴を買わせて追出しその間につるんでいるじやあないか」と云い更に右山木が「どこのおタキさんか」と聞いたのに対し「永山のおタキさんよ」と云つたこと、そして右山木はこれを訴外佐藤秀一や原告に話したこと、原告はそれを聞き「そんな方に行つても噂をしてるのか」と恐つたこと、その後間もない昭和二十九年三月半頃の夜原告と被告所沢と原告の夫永山享右山木タイ等が原告方戸口において、被告所沢が山木タイに対し原告について右の如き話をしたとかしないとか云争つているところへ被告山木とその妻が来て被告山木が原告とその夫永山享に対し「やつているから記事を自分のことゝ思うんだろう」と云い更に原告が「誰が云つたか調べ中だ」と云つたのに対し「調べる必要はない。その子供が云つたんだ」と云つて永山享の抱いていた当時五歳の子供を指したことが認められ、証人竹内彰一の証言や各被告の供述のうち右認定に牴触する部分は信用し難く他に反証もない。ところで当時すでに小川町には原告について右噂が立つていたこと前認定の如くでありそのため小川町の人々が右噂につき関心を持つていたことは容易に推察されるのであるが、かかる時にいずれも栃木新報に関係のあつたこと前述の如き被告等が他人に対し或いは他人のいるところで右の如き言動に出ることは右噂を更に広め且つ基礎づける行為であり結局原告につき虚偽の事実を云いふらし原告の名誉と信用を傷つける不法行為であること明かである。

次に原告は右不法行為により害せられた名誉を回復するため各被告に新聞広告による謝罪と慰藉料を求めるので右不法行為による原告の精神的苦痛と各被告の責任を考える。原告本人の供述証人永山享、同金沢四五郎、同山木タイ、同増子富寿太、同大金貢、同佐藤信等の証言弁論の全趣旨等を綜合すると被告等の右不法行為後相当の間右噂が更に広まつていたこと右噂により原告が甚しい精神的苦痛を受けたことが認められ反証はない。然しながら前述の如く被告等の右不法行為以前よりすでに右噂は立つていたのであり被告等の右不法行為がどの程度右噂を広め且つ強めたかについては明確な証拠はない。従つて原告は被告等の右不法行為により相当の精神的苦痛を蒙つたことは原告本人の供述により明かであるが同時に右噂全体より蒙つた原告の精神的苦痛全体のうち被告等の右不法行為による苦痛がどれたけであつたかを厳密に知ることは出来ず結局相当の精神的苦痛を蒙つたと云うほかはない。これに対する被告等の責任を考えるに、原告は謝罪広告を求めるが、前述の如く新聞記事自体からは原告を指していることは判明しないこと、前認定の如く被告等の不法行為と因果関係ある噂の範囲は明かでないこと従つて噂のうちどの範囲が被告等の不法行為によるものかゞ判明しないから謝罪広告が妥当かどうかまたどの範囲の新聞広告をなしてよいかも判明しないこと、更にもし新聞広告をするならば原告主張の如き栃木新聞下野新聞は栃木新報が小川町を中心とする旬刊の小新聞であるのとは異り栃木県下全体に購読者を持つ日刊新聞であることは裁判所に明かな事実であり、原状回復の範囲を超えるものであつて妥当でないこと、更にその栃木新報は被告山木本人の供述弁論の全趣旨によるとすでに相当以前より休刊しており長い間発行されて居らず今後も発行されるかどうか分らないこと、原告本人の供述によるとすでに小川町において現在右噂は消え現在原告に右噂の如き事実あつたことを信ずる人もなくなつていることが認められる。これ等の事実を綜合すると謝罪広告による原状回復は必要でもなく又相当でもないと考えられる。次に慰藉料の点につき考えるに、前述の如く被告等の右不法行為で原告は相当の精神的苦痛を蒙つたことは明かであるが一方すでに原告について右噂の如き事実のあつたことを信ずる人は現在なくなり右噂も消えてしまつていること証人永山享、同安藤ミカ等の証言原告本人の供述によるも噂の盛んであつた当時においても原告の夫や近隣の人々も原告の貞節を信じて居り家庭内でのいざこざ等も特に起きずその点での苦痛も少かつたこと当初噂を原告自身が立てたのでないことは前述の如くであるが証人金沢四五郎、同竹内彰一、同安藤ミカ、同平塚勝夫の証言原告本人の供述の各一部によると原告自身も右噂に興奮して多少不注意に他人にくやしいと云つて泣いたり騒いだりしてそれがすでに立つていた右噂を広める幾らかの原因となつたこと等が窺われその反証もない。これ等の事実を綜合すると被告等の慰藉料は各一万五千円が相当と考える。よつて被告等は原告に対して各自金一万五千円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十九年六月十二日より完済に至るまで民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべきを相当と考える。よつて原告の請求中右範囲で認容しその余を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条第九三条により主文の通り判決する。

(裁判官 田尾桃二)

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